夫との離婚を回避するブログ

明るいあしたを取り戻す!離婚回避のつれづれ日記

プロフィール

f:id:cl-kimura:20191029173828j:plain


はじめまして!
アプリコット離婚相談室
離婚回避カウンセラーの木村浩康と申します。

私は脱サラをして行政書士となり、
その2年後に離婚カウンセラーになりました。
そして今は離婚回避専門カウンセラーとして活動し、
母子を不幸にする離婚の撲滅に尽力しています。

カウンセラーとしてのキャリアは14年以上、
延べ5,500人以上の方の離婚カウンセリングを承って
離婚問題の解決に努めて参りました。

そんななか、
クライアント様からよく頂くご質問が、

私が安定したサラリーマンを捨てて
民事法務専門の行政書士となったキッカケ、
そして、わざわざ行政書士となったのに、
離婚カウンセラーとしての活動を始めた理由。

さらに、どうして今
夫から離婚と言われた方だけを対象とした
カウンセラーになったのかというご質問。

キッカケについては、
私の両親が離婚したことが非常に大きく、
母子ともに惨めな思いをたくさんしたことで
同じような方を救いたいと思ったのがキッカケでした。

でも、最初からそこを目指したわけでなく、
まだ離婚が珍しい時代で好奇の目にさらされる中、
母と妹のためにも一部上場会社への就職を目指しました。

当時まだ小学生だった妹の教育費用を捻出し、
妹の大学進学の夢をあきらめさせない、
普通に生活できて、安定した身分と給料が期待できる
大きい会社に就職することを希望しました。

私が世間に名の通った会社に就職したことで、
母は私を誇りに思い、家に金銭的余裕が生まれ、
何より、両親の離婚で劣等感の塊だった私は、
白い目で見た世間に一矢報いた気持ちになりました。

◆行政書士に転身した直接のキッカケ

私のサラリーマン生活は順風で、
仕事に対して何の不満もありませんでした。

大手会社の商品買い付けバイヤーとして、
産地を飛び回ったり、商品開発を行ったり、
担当のお店を複数任されるなど、
毎日、充実した日々を送っていました。

ところが、ある休日の夜、
テレビのドキュメント番組を見て稲妻が走りました。

その番組は、末期ガンで余命1年と宣告された方が、
自分の命を削りながら人のために尽力する姿、
仕事に情熱を燃やす姿を克明に映し出していました。

その姿を見たとき、自分はその人のように
本当にやりたい仕事をしているんだろうか?
自分の命を懸けていいほどの情熱をもって
今の仕事をしているんだろうか?

そういった疑問がふつふつと湧きました。
そして、思い出したのです。

父が家を出て離婚騒動となり
母に付き添って法律相談に行ったとき
どうしたらいいかわからず
心細い思いで座っている私と母に対して
勇気と希望を与えてくれた弁護士先生のこと!

そうだ!
あのとき初めて法律の力を知った。
あのとき、先生の姿がとても眩しかった。
そして、強烈に弁護士先生に憧れた。
自分も困っている人の力になれる仕事がしたい!

私はもう30歳半ばを過ぎていましたが、
人生を賭けて挑戦できるのは今しかないと思いました。

でも、当然のことながら、
家族や周囲は大反対。

「会社を辞めるなんてもったいない!」
「会社を辞めたことをあとで必ず後悔する」
「国家資格なんて絶対ムリ」
「今から法律?普通に働け!」 ... etc

でも私は、あとで後悔したくないと思い、
勇気を出して新しい扉を開けました。
とても愛着のあった会社に辞表を提出し、
何が何でも行政書士になろうと思いました。

最初に憧れた弁護士でなく行政書士を目指したのは、
年齢的に最難関資格を目指せる余裕がなかったこと
行政書士でもやりたい仕事はできると思ったからでした。

人生において国家資格取得の勉強は初めてのことで
法律のとっつきにくさに何度も絶句しましたが、
次第に法律の魅力に取りつかれて大好きになり、

「人は不可能なことは思いつかない!」
「できると思うからできる!」

その2つの言葉を抱きながら
起きている間はずっと法律の勉強に明け暮れました。
そして、法律に対する恋心と崖っぷちの執念が通じたのか、
独学で、そして一発で行政書士資格を取得できました。

1月の寒くて粉雪が舞うなか、
合格者の掲示板に自分の名前があったときの時の感動!
それは今でも決して忘れられません。
強く願えば叶うことを身をもって感じた瞬間でした。

◆行政書士での挫折

行政書士という国家資格を手にして、
自分の人生は、まさにこれからだと思いました。
これでやっと自分のやりたい仕事ができると思い、
夢と希望が大きく膨らみました。

そして、私の母のように、
離婚するのが精いっぱいとならないよう、
離婚協議書や公正証書の作成を通じて
離婚で困っている方のサポートをしたいと思いました。

でも、いざ始めると、
大きな戸惑いを感じることになりました。
なぜなら、「離婚」という言葉自体が
両親の離婚による悪夢や劣等感を呼び覚まし、
まるでゾンビのように私の心を襲ってきたからです。

私が離婚に関する業務を行うことは
母親に対するあてつけのような気もしたため、
まったく気が進まなくなりました。

そのため、私は専門分野を変えることを決断し、
まず手始めに、相続・遺言書作成に関する業務。
つぎに、悪質商法のクーリングオフなど、
内容証明郵便作成のプロになる努力をしました。

さらに、会社の設立業務、お店の営業許可の業務、
帰化申請業務について研究を重ねて実務を行うなど
いろんな行政書士の業務に取り組みました。

しかし、どれもしっくりこず、
当初期待したほどの充実感はありませんでした。
なにより、法律相談は弁護士の特権であるため
やれることの限界を感じることも多々ありました。

そのように、せっかく国家資格を取得したのに
あちらこちらと迷走を繰り返したため、
何がしたくて会社を辞めたのかわからなくなり、
行政書士になったことを後悔するようになりました。

私がそんな状態であるため、当然仕事も少なく、
貯金がついに底をついてしまいました。
そして、これ以上周りに心配をかけないため、
行政書士というお仕事をすっぱり諦めて
会社に就職し、生活を立て直す決意をしました。

◆どん底から離婚カウンセラーへ

行政書士としての仕事は見事に失敗し、
私は失意のどん底にありました。

周りの人は「やっぱりね。」「無理だと思った。」
「地道に働かないからこうなった」と口々に言い、
私が再就職を決断したことを冷ややかな目で見ていました。

電話帳から行政書士事務所の電話を削除して
失意のなかハローワークに何度も足を運び、
不動産会社での再就職を真剣に考えました。

そして、不動産会社に再就職が決まりかけた時、
1本の電話が鳴りました。

そのお電話は、
親の離婚トラブルで苦しむ方からのご相談で、
私は久しぶりのお仕事で気持ちが高まり、
時間を忘れ、夢中になってアドバイスをしました。

そして、ご相談者様から

「先生、ありがとうございました。」
「お電話をして本当に良かったです。」

と仰って頂いたとき、
不覚にも涙がこみあげて、鼻水でズルズルになりました。
そして、確信しました。

やっぱり自分はこっちだと!

両親の離婚で経験した、つらい記憶の数々、
いつも感じてた劣等感、強い屈辱、強い孤独、


失敗はしたけど、弁護士に負けないレベルを目指して
取得した離婚の法律知識や専門知識、

そして、
離婚協議書の作成や不倫の慰謝料請求など
行政書士として経験した実務の数々

これらはみんな、
離婚カウンセラーになるためにあったんだ!!

そう確信した私は、
あらゆる離婚トラブルに対応するため、
離婚や心理学の専門書を片っ端から読破しました。
同時に民間のカウンセリング資格も取得して、
離婚カウンセラーと正式に名乗れるようにしました。

あのとき、あのお電話が鳴らなかったら
今の私は存在していません。
まさに『夢破れた惨めなオジサン』で終わっていました。

そのご相談者様から頂いた
感謝のお手紙と、とてもお洒落なネクタイ。
私の一生涯の宝物となりました。


◆離婚カウンセラーから離婚回避カウンセラーへ!

自分の進むべき道を再確認して
離婚カウンセラー兼行政書士となった私は、

・離婚のお悩み相談
・不倫トラブルのご相談
・離婚公正証書作成のご相談

を専門とし、どちらかといえば、
離婚したい方のサポートの方をしていました。

不倫やDVなどで夫婦関係がうまくいかなくなり、
離婚をすることによって人生を立て直した方、
そんな方をサポートするのが主なお仕事でした。

でも、もともと、
「離婚は諸悪の権化!」と思っていた私は
なんとなくすっきりしない思いがしていました。

そんななか、
同じ頃に発生した2つの事件が、
私を『夫との離婚回避』に駆り立てました。

1つは、夫の方から
離婚公正証書の作成依頼を受けた案件。

離婚は夫の不倫が原因でしたが、
夫婦で離婚の合意があるとお聞きして、
深入りすることなくお仕事を終わらせました。

そして、夫の方から
引き続き「離婚届の証人になって欲しい」
との要請を受け、ご指定の市役所に向かいました。

すると、
そこに憔悴しきった奥様の姿と、
2人の幼い娘様の姿がありました。

そして、2人の娘様たちは、両親が離婚して、
父親が不倫相手の所に行くことを知ってか知らずか
市役所の中を元気いっぱい走り回り、
父親の傍を決して離れようとはしませんでした。

その娘様たちの姿がとても痛々しく、
その様子を眺めながら心が痛みました。

さらに奥様が、
「先生、これでよかったんですよね。」
と、ポツリとつぶやかれたため、
私は言葉を失いました。

お仕事は完璧にこなしたけれど、
私が離婚を決定つけたような気がして胸が痛み、
2人の娘様の笑顔が消えてしまうことに
やるせない思いがしました。

もう1つの事件は、
夫から離婚要求を受けるも
どうにかこうにか離婚回避となった案件。

同じように幼い2人のお子様がいましたが、
どうしても離婚回避ということで
まさに二人三脚で頑張った結果
どうにかこうにか離婚回避となりました。
そして、最後にご家族でご挨拶に来られました。

霧雨が降るなか、
家族でお帰りになられましたが、
ご相談者様と夫の目に滲んだ涙をみて、
私も嬉しくて不覚にも涙がこぼれました。

そして、
お子様たちが、車から身を乗り出して、

「先生、バイバイ!」
「先生、またね!」
「先生、ありがとう!」

といつまでも手を振ってくれた
あの時の光景がいつまでも忘れられず、
自分がやりたかったことは
まさにこれなんだと思いました。

親の離婚によって子供が受けるダメージは、
経験者の私が一番よく知っている!

これまでたくさん離婚相談を受けてきて、
離婚要求する側の心理状態や
不倫トラブルのこともよくわかる!

そして、当相談室には、
離婚回避の成功事例もたくさんあり、
そのノウハウがたくさん蓄積されている!!

そのことに気がついた私は、決意を新たにし、
家族の絆を守るカウンセラーになることを決意しました。

人はよく、

「オトコが一度言い出したんだから無理!」
「離婚の気持ちを変えるなんてムリ!」

そう言います。
確かに夫との離婚回避はむつかしい。
でも、ほんの1%でも可能性があるかぎり、
離婚回避にチャレンジすべきではないでしょうか。

そもそも、
離婚回避の多くの失敗には共通点があり、
みんなそれに気が付いていないだけ。
ほんの少しの気づきで人生がガラリと変わり、
夫の気持ちが変わるんです。

あなたの人生は、
結局のところ、あなたの考え方次第。
あなたのマインド次第で、どうにでも変わっていきます。
あきらめるなんて、まだまだ早い!

夫との不幸な離婚が減り、
私と同じような思いをする子供が
1人でも減ることが私の最大の喜びです。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

離婚回避カウンセラー木村浩康

【全面改訂】
夫から離婚と言われた方に伝えたいこと
失敗しない離婚回避マニュアルは コチラ