Profile : 離婚回避カウンセラー木村浩康

●プロフィール

はじめまして!
アプリコット離婚相談室
離婚回避カウンセラーの木村浩康と申します。
(^^)/

どうして夫との離婚回避を
専門になさっているのですか?

クライアント様から
そんなご質問をよく頂きます。

卒業後の私

私は最初から離婚カウンセリングの道で
生きてきたわけではなく、
大学卒業後は、なるべく大きな会社に
勤めることを希望しました。

なぜなら、父と離婚したことで
私の母や経済的な苦労を重ねており、
少しでも家計を助けたいと思ったから。

そして、
普通に会社に就職して、
安定した姿を母に見せたいと思ったからです。

地元の大手スーパーに入社した後は、
順調そのもので、会社で普通に出世し、
仕事に対して何も不満もなく、
安定した社会生活を送っていました。

売場の主任になり、
商品の仕入れ担当バイヤーになり、
会社を代表して各産地を巡って
大量に商品を買い付けをする毎日。

そんなこんなのサラリーマンライフを
思う存分満喫していましたが、
休日たまたま見かけたテレビ番組が、
その後の私の運命をガラリと変えました。

そのテレビでは、
余命宣告をされた末期ガン患者の方が、
自分の仕事に対して凄まじい情熱を持ち、
命を削って頑張る姿を映し出していました。

その鬼気迫るような姿はとても衝撃的で、
私は、そんな風に自分の命を削ってでも
やりたい仕事をしているのだろうか?
そんな疑問が湧きました。

たしかに自分は、
仕入れ担当バイヤーをして
会社から大きな仕事を任されている。
やりがいはあるし、給与も恵まれている。

でも
本当に自分のやりたい仕事?
この先もずっと自分の人生賭けて
やり続けたい仕事なのか? 

このまま
他人に決められる人生で大丈夫?
そんな人生の疑問が沸々湧いてきました。
そして思い出したのです。

私がまだ学生のとき、
母と一緒に弁護士のもとに
離婚の法律相談に行ったときのことを。

裁判所の薄暗い部屋で母と2人
惨めな気持ちで弁護士が来るのを待ちました。
でも、そこに颯爽と現れた弁護士先生は、
本当に眩しくて、カッコよかった!

弁護士先生は、
泣いてばかりいる母を優しく励まし、
まさに母と私の救世主といった感じで、
母はみるみる元気を取り戻しました。

先生は、息子の私にも
「つらいけど頑張れよ」と仰って下さり、
その力ある眼差しが本当に眩しくて、
自分もいつかこうなりたいと思いました。

そうだ!
自分にも本気でやりたいことが一つあった!
資格など何ひとつないけれど、
人生賭けてチャレンジできるのは、
年齢的に今しかない!

そう思うと
いてもたってもいられなくなり、
周りの制止を振り切って、
まるで運命に導かれるかのように、
愛着あった会社に辞表を提出しました。

そして、30歳過ぎで、
法律知識ゼロから弁護士を目指すのは
さすがに無理があると感じ、
離婚案件を扱える行政書士になることを
決意をしました。

退社後の4ヶ月間、
もう後戻りができないので、
本当に朝から晩まで勉強しましたが、
最初はもう難解な法律用語に悪戦苦闘、
30分もすればすぐに睡魔が訪れる始末 …

でも、
わかってくると法律がすごく面白くなり、
あまりにフィットしたので、
こういうことなら最初から
法律の道に進めば良かったと思いました。

そして、
1月の粉雪が舞う試験の合格発表日、
自分の受験番号を掲示板で発見!
あの感動は一生忘れることができません。

2 社畜から行政書士に転身!

サラリーマンから行政書士に転身して、
何が嬉しかったかといいまして、
やはり、行政書士の金バッチをつけ、
スーツをビシッと着て仕事ができるということ。

弁護士のように
離婚の法律相談はできないけれど、
離婚協議書の作成などを通じて、
離婚問題の解決に貢献しようと思いました。

でも、いざ行政書士の仕事を始めると
離婚案件の扱いが嫌になりました。
なぜなら、あの忌まわしい
両親の離婚の記憶が蘇ったからです。

離婚案件を扱ったことで、
今まで封印してきた悪夢の記憶が
まるでゾンビのように蘇り、
母に対するあてつけのような気もして、
気が進まなくなりました。

そのため、当初の気持ちとは裏腹に、
専門分野を変えて勉強を重ね、
相続手続きを専門とする行政書士に
鞍替えをしました。
しかし、努力も虚しく不完全燃焼。

その後も、
*クーリングオフ専門
*内容証明郵便の作成専門
*会社設立業務専門
*帰化申請業務専門
*成年後見、遺言書作成業務専門…

民事法務専門の行政書士として
専門知識をマスタ―しながら、
取り組んでみたものの、

どれもこれもしっくりこず、
思ったほどの充実感が得られない
日々が続きました。

そして、
行政書士になって3年になる頃は、
自分は何のために脱サラをして
わざわざ行政書士になったのか、
さっぱりわからなくなりました。

自分がそんな中途半端な気持ちでいるので、
安定収入もおぼつかず、
3年のどん底生活のお陰で貯金が
底を尽きることになる始末 …

あれほど意気揚々と始めた
行政書士の仕事でしたが、
思いっきり夢破れ、
ズタボロになったプライドを抱えて
ハローワークに行く決意をすることに
なりました。

3 私の運命を変えたお電話!

ところが、
そんな折にかかってきた一本のお電話が、
私の運命をさらに変えることになりました。

そのお電話は、
私が最初にやろうとしていた離婚の案件で、
私はいつしか時間を忘れて夢中になって
アドバイスをしていました。

そのときの私は、
まさに水を得た魚のような感じで、
自分がなぜこんなにも回り道をしたのか、
その意味もよくわかりました。

行政書士としてデビューし、
ロケットスタートで稼ぐつもりが
最初からズッコケて、
この3年間右往左往、
大迷走をすることになってしまった …

でも、何とかしようと思って
各分野の法律を死ぬほど猛勉強、
クライアント様はあまりいなかったので、
勉強時間はたっぷりの毎日だった。

相続に関する勉強ををやりまくり、
あらゆるトラブルの内容証明郵便が書けるよう
幅広く勉強を重ねたことで、
法律知識がやたら増えました。

何をやってもうまくいかない日々、
挫折する苦しみも人一倍味わってきたけど、
そのもがき苦しみの試練からも
たくさん学ぶことになりました。

行政書士に転身したけど思うようにならず、
法律家として大きな挫折を味わったけど、
そんなこんなの経験は、
全部離婚相談をするためにあったんだ!

よし!
改めてカウンセラーの資格を取って、
もう一度離婚に関しては弁護士に
負けないぐらい勉強を重ねて、
本気で離婚カウンセラーになってやる!

そう改めて決意し、
カウンセリングの技法と心理学を猛勉強、
民間のカウンセラー資格を得て、
『アプリコット離婚相談室』を開設しました。

あのとき一本の電話が鳴らなかったら
今の私は存在せず、行政書士を廃業し、
夢破れてどこかのスーパーに
再就職をしていたことでしょう。

そのお電話を下さったクライアント様から
頂いた感謝のお手紙と、上品なネクタイは、
私の一生の宝物となりました。

4 私の運命がさらに変わる!

とはいえ、
2006年に離婚カウンセラーになった頃は
至って普通の離婚カウンセラー、
最初から離婚回避専門ではありませんでした。

どちらかといえば、
離婚したい方のご相談の方が多くあり、
行政書士として離婚協議書、
公正証書作成のサポートするのが
当時の主な仕事でした。

当初の動機は、私のような家庭を
救う仕事がしたいと思ったのに、
逆に離婚の後押しをしているようで、
すっきりしない毎日を送っていました。

そんななか、同じ頃に発生した2つの案件が、
夫との離婚回避を専門とするカウンセラーになる
キッカケを私に与えました。

1つ目の案件は、
夫婦ですでに離婚を決めていらっしゃり、
夫から離婚公正証書の作成依頼を受けた案件でした。

離婚公正証書の作成は無事に終わり、
引き続き、夫の方から離婚届の証人に
なって欲しいとの要請を受けました。

そして、待ち合わせの市役所に到着すると、
そこにご依頼人の夫、憔悴しきった奥様、
そして2人のまだ幼い娘様の姿が
目に飛び込んできました。

私は戸惑いを感じながらご挨拶をし、
さっそく離婚届の証人欄に名前を書くことに
なりましたが、ものすごく複雑な気持ちに…

何より、2人の娘様たちが、
今日この場で両親の離婚が決まることを
知ってか知らずか、
父親の腕にしがみついて離れないことに
胸が痛みました。

そのお子様たちの姿が本当に痛々しく、
どうしてご依頼人の夫は、
妻との離婚を決めることができたんだろうと、
ひどく不条理を感じていると、、、

奥様が、「先生、これでよかったんですよね。」
と、ポツリとつぶやかれたため、
私は返す言葉を完全に失って、
とてもつらい気持ちになりました。

お仕事は、
ご依頼のとおり完璧にこなしました。
私はそのご夫婦の離婚協議に参加しておらず、
ただ離婚公正証書作成のサポートをしただけ。

でも、何だか私が夫婦の離婚を決定づけて、
2人の娘様を不幸のどん底に突き落とした
ような気持ちになり、
帰り路はすごく沈鬱になりました。

そして、
もしも奥様が離婚を決める前に、
私に一言「離婚したくない」と
仰って下さっていたら、
この離婚は避けることができたのではないか… 

もしも、夫ではなく奥様の方が
先にお電話を下さっていたら、
娘様たちを両親の離婚から守ることが
できたのではないか… 

そんな気がしてならず、
何年も経過した今でも
ずっと忘れることができません。

とてもつらく苦しい案件として
私の記憶に残ることになりました。

5 ようやくたどり着いた私の居場所

もう1つの案件の方も、
同じように幼いお子様が2人いらっしゃり、
夫から離婚要求を受けてご相談に来られました。

クライアント様は涙が溢れて言葉にならず、
その傍で、母親の手にしがみついて、
必死で涙をこらえているお子様たち。

そのご様子をみて、
このお子様たちに自分と同じような
悲惨な思いをさせたくない、
何が何でも母子を守って
離婚回避にこぎつけたいと思いました。

もちろん離婚回避は
一筋縄ではいきませんでした。
でも数か月の時を経て
クライアント様との二人三脚で
何とか夫との離婚回避が実現することに!

「夫が家に戻ると言ってくれました!」
とのお電話を頂いたとき、
あまりに嬉しくて、
今までの人生で味わったことがない
深い感動を覚えました。

そして、
最後に夫を含めたご家族で
ご挨拶に来られた際も、
不覚にも涙がこぼれ、
鼻水も全然止まらなくて、
みんなで笑い合うことになりました。

お子様たちが車から身を乗り出して
「先生、バイバイ!」「またね!」
といつまでも手を振ってくれた
あの時の光景を今でも鮮明に覚えています。

あのとき受けた言葉にならない
大きな喜びと大きな感動こそが、
私の離婚回避カウンセラーとなって
家族の絆を守りたいという想いに繋がりました。

夫の離婚要求によって
母親と子供がどれだけダメージを受けるか、
それは、父親の一方的な離婚で
悲惨な目に遭った私が一番よく知っています。

これまでたくさん離婚相談を受けてきて、
妻に離婚要求をしたくなる
夫の心理状態も手に取るようにわかります。

そして何より、幾多の試練を乗り越えて、
夫との離婚回避ができたとき、
どれだけ至福の喜びを味わえて、
子供が救われるかも知っています。

だったら、
これから自分がやるべきことはただ一つ!

母子を不幸にする離婚を撲滅し、
家族の絆を守るのが自分の仕事だと思い、
そこに全力でこだわりたいと思いました。

世間ではよく、
「男である夫が離婚を言い出したのだから、
離婚回避は絶対に無理!」と言います。

確かに、夫との離婚回避はむつかしい。
それは否定しません。
中途半端な気持ちでは
絶対に離婚を回避できません。

でも、
これまでの離婚カウンセリングを通じて、
あながちそれが不可能じゃないことを
身をもって経験しました。

夫との離婚回避にはノウハウがあり、
ポイントがあります。

そのことを、
夫の離婚要求で心が折れそうになっている
方に伝えたい!

多くの離婚回避の失敗には共通点があり、
みんなそれに気がついていないだけ。
ほんの少しの気づきで展開はどんどん変わります。

夫の絶対は絶対ではありません。
これまで、そんなケースをたくさん見てきました。
夫だって幸せになりたいのです。
好きで離婚したい訳じゃない。

あなたの人生は、結局のところ、
あなたの考え方次第でどうにでも動きます。
夫の離婚回避の答えも、
夫ではなくあなたの中にありますよ。

あきらめるなんてまだ早い!
今こそ明るいあしたを取り戻す!

夫との不幸な離婚が減り、
私と同じような思いをする子供が
1人でも減ること、
それが私の最大の喜びです。
がんばりましょうね!(^^)/

離婚カウンセラー木村浩康の略歴

■ 福山市立福山高等学校卒
■ 専修大学経済学部経済学科卒
■ 2004年9月 行政書士登録
■ 2006年9月~離婚カウンセラーとして始動

アプリコット離婚相談室を開設
離婚カウンセリング歴:19年以上
クライアント様:累計で7,300人を超える実績