カウンセラー木村浩康のプロフィール

カウンセラー木村浩康の略歴

■ 福山市立福山高等学校卒
■ 専修大学経済学部経済学科卒
■ 会社就職(流通業・バイヤー職)
■ 2004年9月 
木村法務行政書士事務所を開設
■ 2006年9月~現在
離婚カウンセラー&行政書士として活動
離婚カウンセリング歴:15年以上
クライアント様:累計で6,000人を突破

ご挨拶

はじめまして!
アプリコット離婚相談室
離婚回避カウンセラーの木村浩康と申します。

私は脱サラをして行政書士となり、
その2年後に離婚カウンセラーとなりました。
そして今は、夫との離婚回避を専門とし、
母子を不幸にする離婚の撲滅に尽力しています。

私の離婚カウンセラーとしてのキャリアは、
2022年9月をもって16年目に突入し、
これまでのクライアント様の人数は、
累計で6,000人を超える実績を有しています。

そんななか、
クライアント様からよく頂くご質問が、

①今の仕事を始めたキッカケ
➁行政書士資格を取りながら
 離婚カウンセラーになった理由
③今は夫との離婚回避を専門としている理由

まず、今の仕事を始めたキッカケとしては、
両親の離婚を経験したことが非常に大きく、
母とともに惨めな思いをたくさんしたので、
同じようにつらい思いをしている母子を救いたい
そう思ったのがキッカケでした。

でも、
私は最初からそこを目指したわけでなく、
経済的に苦しんている母を助けるため、
大きな会社に就職することを目指しました。

当時まだ小学生だった妹の教育費用を捻出し、
妹の大学進学の夢をあきらめさせない!
安定した身分と給料が期待できる
大きい会社に就職することを希望しました。

そして、私が無事に大学を卒業し、
世間に名の通った地元企業に就職したことで、
母は私を誇りに思い、金銭的余裕も生まれました。

何より、
両親の離婚で劣等感の塊だった私は、
白い目で見た世間に一矢報いたと思いました。

脱サラをして行政書士に転身したキッカケ

私のサラリーマン生活は順風そのもの。
仕事にも上司にも恵まれていて、
働くことに何の不満もありませんでした。

会社の商品買い付けバイヤーとして、
各産地を飛び回り、商品開発を行うなど、
毎日充実した日々を送っていました。

ところが、
あるテレビのドキュメント番組を見て、
私の心に衝撃が走りました。

その番組は、
末期ガンで余命1年と宣告された方が、
自分の命を削りながら人のために尽力する姿、
仕事に情熱を燃やす姿を映し出していました。

その姿を見たとき、
私は、自分はその人のように
本当にやりたい仕事をしているんだろうか?

その人のように命を懸けていいほどの情熱で
今の仕事をしているんだろうか?

そういった疑問がふつふつと湧きました。
そして、思い出したのです!

私の父が急に家を飛び出して行方不明となり、
母に付き添って法律相談に行ったときのこと。

そして、この先どうしたらいいかわからず、
不安で不安で仕方なかった私と母に対して、
生きる勇気と希望を与えてくれた、
あの弁護士先生のことを!

そうだ!
あのとき初めて法律の力を知った。

そして、先生の姿がとても眩しく、
強烈に弁護士という仕事に憧れた。
自分も困っている人の力になれる仕事がしたい!

そのときび私は、
もう30歳半ばを過ぎていましたが、
挑戦できるのは今しかないと思いました。

当然のことながら
家族や周囲から猛反対でした。

「会社を辞めるなんてもったいない!」
「会社を辞めたら、あとで必ず後悔する!」
「国家資格なんて絶対ムリ!」
「今から法律?たのむから普通に働いて!」

 … etc

たしかに、
安定した仕事を捨てるのは非常に怖い。

でも、あとで後悔したくないと思い、
勇気を出して新しい扉を開けました。
とても愛着のあった会社に辞表を提出し、
何が何でも自分の夢を実現しようと思いました。

私が弁護士でなく行政書士を目指したのは、
行政書士でもやりたい仕事はできると思ったから。

国家資格取得の勉強は初めてで、
法律のとっつきにくさに何度も頭を抱えました。
独学の限界も何度も感じましたが、
慣れてくると次第に法律の魅力に取りつかれ、
いつしか裁判判例を読むのが大好きになりました。

「人は不可能なことは思いつかない!」
「できると思うからできる!」

その2つの言葉を抱きながら、
行政書士試験の勉強に明け暮れました。

そして、
法律に対する恋心と崖っぷちの執念が実って、
一発で行政書士資格を取得できました。

1月の寒くて粉雪が舞うなか、
合格発表の掲示板を見た時の感動は、
今でも忘れることができません。

強く願えば叶う!
それを身をもって体験した瞬間でした。

行政書士での大きな挫折

行政書士という国家資格を手にして、
自分の人生はこれからだと思いました。
自分の本当にやりたい仕事ができると思い、
夢と希望が大きく膨らみました。

そして、離婚協議書の作成を通じて
離婚問題の解決に取り組もうとしました。
でも、いざ始めると親の離婚での悪夢が
ゾンビのように心に襲いかかってきました。

そのため、
私は専門分野を変えることを決断し、
相続・遺言書作成・成年後見に関する業務、
つぎに、悪質商法のクーリングオフなど、
内容証明郵便作成のプロになる努力をしました。

さらに、行政書士として会社法を学び、
会社や個人商店の設立業務、お店の営業許可等
いろんな行政書士の業務に取り組みました。

しかし、
どれもこれもしっくりくることはなく、
当初期待した大きな充実感はありませんでした。

そして、そのように
あちらこちらと迷走を繰り返したため、
何のために会社を辞めたのかわからなくなり、
次第に脱サラを後悔するようになりました。

私がそんな専門が定まらない状態にあるため、
いつまでもクライアント様が定着せず、
そしてついに、貯金が底をついて
どうにもならない最悪の事態に陥りました。

これ以上行政書士を続けたら、
親や周りに迷惑をかける事態に至ったため
苦渋の決断で行政書士廃業を決意し、
会社に就職しての生活立直しの決意をしました。

どん底から離婚カウンセラーへ

行政書士としての夢が破れ、
私は失意のどん底にありました。

周りの人は「やっぱり。」「無理だと思った。」
「地道に働いたほうがいい。」などと言い、
私の再就職活動を冷ややかな目で見ていました。

失意のなかハローワークに何度も足を運び、
不動産会社への最終面接を残すのみとなり、
これで本当に終わるんだと思ったとき、
1本の電話が鳴りました。

そのお電話は、
親の離婚問題で苦しむ方からのご相談でした。

当時のホームページは近日削除予定でしたが、
そのホームページをご覧になったとのことで、
私は久しぶりのお仕事で気持ちが高まり、
時間を忘れ夢中になってアドバイスをしました。

そして、ご相談者様から

「先生、ありがとうございました。」
「お電話ができて本当に良かったです。」

と仰って頂き、なぜか、
「先生も頑張ってくださいね。」と励まされ、
不覚にも涙がこみあげました。
そして、そのとき確信しました。

やっぱり自分の道はこっちだと!!

両親の離婚で経験した、つらい記憶の数々。
いつも感じていた強い屈辱と劣等感。

見事に失敗はしたけど、
弁護士に負けないレベルを目指して取得した
法律知識や離婚の専門知識の数々!

離婚協議書・離婚公正証書の作成、
離婚した方が再婚なさる時の遺言書作成、

不倫相手に対する内容証明郵便の作成
不倫トラブルの示談書の作成など、

行政書士としての実務経験は、
離婚カウンセラーになるためにあったんだ!!

そう確信した私は、
あらゆる離婚トラブルに対応するため、
もう一度離婚の専門書を片っ端から読破しました。

そして、同時にカウンセリング資格を取得し、
離婚カウンセラーと名乗れるようにしました。

あのとき、あのお電話がなかったら、
今の私は存在していません。
まさに『夢破れた惨めなオッサン』で
終わっていました。

そのご相談者様から頂いた感謝のお手紙と
ネクタイは、私の一生の宝物となりました。

離婚カウンセラーから離婚回避カウンセラーへ!

自分の進むべき道を再確認し、
離婚カウンセラー行政書士として蘇った私は、
とにかく、暇さえあれば勉強を重ねました。

そして、当時の私は、
男女を問わず離婚の取り決めをきちんとし、
離婚協議書、離婚公正証書の作成をサポートする
それが主なお仕事でした。

そんななか、同じ頃に発生した2つの案件が、
私の心を大きく揺るがし、大きな感動を与え、
離婚回避を専門とするキッカケとなりました。

1つ目の案件は、
夫婦ですでに離婚は決まっていて、
離婚公正証書の作成依頼を受けた案件でした。

離婚公正証書の作成は無事に終わり、
引き続き離婚届の証人になって欲しいと言われ、
私はいそいそと指定された市役所に出向きました。

すると、
そこで目にすることになったのは、
憔悴しきって顔色の悪い奥様の姿と、
2人のまだ幼くて可愛らしい娘様の姿でした。

そして、2人の娘様たちは、
両親の離婚が決まることを知ってか知らずか、
父親の腕にしがみついて離れない、、、

その娘様たちの姿が本当に痛々しくて
どうしてこんなに可愛い娘様を残して
夫は離婚を決めることができたんだろうと、
ひどく不条理を感じました。

そして、
奥様が「先生、これでよかったんですよね。」
と私にポツリとつぶやかれたため、
私は完全に言葉を失いました。

私はその夫婦の離婚協議に関与したわけでなく、
ただ離婚公正証書作成のお手伝いをしただけ。

でも、離婚届けの証人になったことで、
私がその夫婦の離婚を決定づけて、
2人の娘様を不幸にしたような気持ちとなり
非常に後味の悪い思いがしました。

同時に、奥様が離婚を決める前に、
私に離婚したくないと言って下さっていたら、
この離婚は避けることができたかもしれない!

まだまだ夫婦を諦める必要はなかった!
そう思えてならず、今でも忘れられない、
悔しくて切ない案件となりました。

もう1つの案件は、
夫から離婚を宣告されるも、
クライアント様の努力の甲斐あって、
見事に夫との離婚回避が実現できた案件でした。

同じように、
その夫婦にもまだ幼い2人のお子様がいましたが、
まさに、起死回生の離婚回避劇となり、
ご家族でご挨拶に来られました。

そのとき、
クライアント様と目と目があったとき、
私は嬉しくて不覚にも涙がこぼれました。

その後も、帰り際、
お子様たちが車から身を乗り出して、

「先生バイバイ!またね!」「ありがとう!」
といつまでも手を振ってくれたため、
涙と鼻水が止まらず大変なことになりました。

その時の光景は、
今でも鮮明に脳裏に蘇ります。

その時受けた大きな感動こそが、
離婚回避カウンセラーとなって
家族の絆を守りたいという想いに繋がりました。

夫の離婚要求によって
母親と子供がどれだけダメージを受けるか、
それは、父親の離婚で悲惨な目に遭った私が
一番よく知っています。

これまでたくさん離婚相談を受けてきて、
妻に離婚要求をしたくなる夫の心理状態、
そして、何とか離婚回避できたとき
どれだけ喜びが大きいかも知っています。

だったら、
これから自分がやるべきことはただ一つ

母子を不幸にする離婚を撲滅し、
家族の絆を守ること!!

それが私に与えられた仕事なんだと強く思い、
そこに全力でこだわりたいと思いました。

男が一度離婚を言い出したら離婚回避は無理!
夫の離婚の気持ちを変えるなんて無理!

確かに夫との離婚回避はむつかしい。
それは否定しません。

中途半端な気持ちじゃ
絶対に離婚回避はできません。

でも、夫との離婚回避にはノウハウがあるのです。
そのことを、夫の離婚要求で
心が折れそうになっている方に伝えたい!

まだまだ夫婦はやり直せるのに、
夫の強い圧力でやむなく離婚を決める方、
無抵抗なまま不幸になる子供がやたら多い!

夫との離婚回避は難しいといいますが、
多くの失敗には共通点があり、
みんなそれに気がついていないだけ。
ほんの少しの気づきで人生が変わるのです。

夫の絶対は絶対ではありません。
これまで、そんなケースをたくさん見てきました。
夫だって幸せになりたいのです。ただそれだけ。

あなたの人生は、結局のところ、
あなたの考え方次第でどうにでも動きます。

離婚回避の答えも、夫ではなくあなたの中にある。
あきらめるなんてまだまだ早い!

夫との不幸な離婚が減り、
私と同じ思いをする子供が1人でも減ること、
それが私の最大の喜びです。

がんばりましょうね!(^^)/